小牧正英氏は明治44年、岩手県江刺市銭町(現:奥州市江刺区)に生まれた。本名は菊池榮一。日本において本格的なバレエを始めたパイオニアであり、日本バレエの歴史は、小牧氏なしに語ることはできない。戦後まもない昭和21年、日本で初めて『白鳥の湖』を帝国劇場で全幕上演。その後、小牧バレエ団を創設し、日本バレエ史に輝かしい業績を築いている。
◆小牧正英の略歴と活動の足跡(1934〜1953)
■明治44年━1911s岩手県江刺郡岩谷堂町銭鋳町で、父榮松、母みよしの第2子、7人兄弟の長男として生まれる。
■大正7年━1918*7歳s岩谷堂尋常小学校に入学。当時の岩小は尋常科が約700名、高等科が約70名の大所帯であった。
■昭和3年━1918*16歳s春、上京。
■昭和4年━1929*17歳s目白商業学校の第1本科の第2学年に編入。
■昭和8年━1933*21歳s画家を志し、神戸港から大連にわたる。さらに東支鉄道、シベリア鉄道に乗り込み、密航を試みるが鉄道員に発見され失敗に終わる。
■昭和9年━1934*22歳sハルピン市音楽バレエ学校バレエ科に入学。キャトコフスカヤ女史のクラスに入る。
■昭和14年━1939*27歳sハルピン市音楽バレエ学校の卒業記念公演「胡桃割り人形」上演で主役フリッツ役。モデルン劇場での初舞台を踏む。
■昭和15年━1940*28歳s春。上海巡業中のロシアン・バレエ団からの招請により入団。以後、同バレエ団ルッスの全作品に出演する。
■昭和19年━1944*32歳sライセアム劇場で「ペトルウシュカ」の主役を演じ、フランスの評論家クロスボアより賛辞を送られる。
 このあと、「シェヘラザード」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ジゼル」「エスメラルダ」「ドン・キホーテ」「イワンの馬鹿」「海賊」「火の鳥」「コッペリア」「胡桃割り人形」「イゴール公」「牧神の午後」「バラの精」「金鶏」「レ・シルフィード」「チャイコフスキー」の第四交響曲」「カルナヴァル」「スペイン綺想曲」「ナルシスとエホー」などで重要な役を踊る。
■昭和21年━1946*34歳s4月、上海から日本へ帰国。
■昭和21年━1946*34歳s8月、帝劇で東宝主催の東京バレエ団公演「白鳥の湖」を初演。その演出、振り付け、指導をするとともに自ら出演する。 
■昭和22年━1947*35歳s2月、小牧バレエ団第1回の公演を藤原歌劇団と合同で開催。
■昭和28年━1953*41歳s世界的バレリーナのノラ・ケイとポール・ラシードを招いて「ジゼル」公演。

◆小牧正英 日本初演バレエ
■昭和21年━1946 白鳥の湖 帝国劇場
■昭和21年━1946 シェヘラザード 帝国劇場
■昭和22年━1947 バラの精 帝国劇場
■昭和22年━1947 バラード(オリジナル) 大阪朝日会館
■昭和22年━1947 コッペリア 有楽座
■昭和22年━1947 胡桃割り人形 日劇
■昭和23年━1948 イゴール公 帝国劇場
■昭和24年━1949 受難(オリジナル) 日比谷ホール
■昭和25年━1950 ペトルウシュカ 有楽座
■昭和25年━1950 ワルプルギスの夜 帝国劇場
■昭和27年━1952 眠れる森の美女 日劇
■昭和27年━1952 ドン・キホーテ 日比谷ホール
■昭和28年━1953 ジゼル 日劇
■昭和29年━1954 火の鳥 日劇
■昭和29年━1954 リラの園 日劇
■昭和29年━1954 カフェ・バア・カンカン 日劇
■昭和30年━1955 日輪(オリジナル) 日比谷ホール
■昭和31年━1956 パガニーニ幻想(オリジナル) 帝国劇場
■昭和34年━1959 金鶏 サンケイ会館
■昭和38年━1963 お蝶夫人(オリジナル) 日比谷ホール
■昭和54年━1979 やまとへの道(オリジナル) 東京文化会館

◆おもな受賞および助成作品
■昭和21年━1946 第1回毎日演劇賞演出賞「白鳥の湖」(毎日新聞社)
■昭和24年━1949 文部大臣賞「受難」(オリジナル)
■昭和25年━1950 文部省助成公演「ペトルウシュカ」
■昭和27年━1952 文部大臣賞「眠れる森の美女」
■昭和30年━1955 文部省助成公演「日輪」(オリジナル)
■昭和34年━1959 文化庁助成公演「金鶏」
■昭和43年━1968 文化庁助成公演「アルミードの館」
■昭和50年━1975 ニムラ賞「シェヘラザード」(ニムラ財団)
■昭和53年━1978 芸能文化賞(芸団協)
■昭和53年━1978 紫綬褒章 受章
■昭和54年━1979 文化庁助成公演「やまとへの道」(オリジナル)
■昭和55年━1980 橘賞(橘財団)
■昭和58年━1983 舞踏功労賞(東京新聞社)
■昭和61年━1986 勲四等旭日章 受章